漢字の辞典を引き、そこに字源として記されることの多い原始的な印象を与える文字。それが甲骨文字。中国の殷代に使用されたとされるそれらの文字は、もちろん読めるわけではないのだが、ビジュアルとしての記憶はかえって親しみ深い。僕の場合は、漢字のタイポグラフィをつくるときに、参考に辞典を引き、文字の形状と成り立ちを調べることがある。文字と言葉に趣を感じる僕は、もともと甲骨文字に興味があったわけなのだが、本書はその解読入門書だと言う。で、早速こちらもタイトル買い。
本書は、甲骨文字の歴史的背景、用途、また現代の漢字と比較するところの字義解説、そして読解指南を大まかな内容としている。漢字と甲骨文字との比較は、シンプルに雑学としても興味深く、一般に薦めることができる部分。この部分だけでも楽しんで読むことができると思う。字源の雑学としては、白川静先生のそれと比べて、簡素ではあるが、それがために気軽でもあると思う。個人的には「心」という漢字と、ハートマークに通じるものを感じで、好奇心がそそられた。
しかしながら、本書の特徴とするところは、甲骨文字の字義と、文章の解読方法の紹介にある。著者が、甲骨文字を学ぶに際し、最初の一歩に適した本が無かったと語るように、このような類書を見たことがない。この意味で、単に雑学に終わらない繋がりを印象することができる。実際に、今後も甲骨文字を読むのか否かは全く別のことなのだけど、垣間見れるだけでも面白い。
以前、中世日本史学の教授が「ゼミ生に当時の文献を読ませる為の基礎教育」に少々悩むところがある、と言っていた。基礎教育とは漢文一般の読み方もあるけれど、当時の文化・政治背景、そして文書の形式を指している。当時の文章は形式がある程度決まっているのだ。そう考えると、こういった書籍は、教育現場でその意味を十分に発揮するのだろうと思われる。
最近の小学生の教科書では、「上下日月」などその成り立ちとして甲骨文字を紹介しているものもある。もちろん「甲骨文字」とは書いていないけれど。僕の時もそうだっただろうか…。不確か。